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高松高等裁判所 昭和47年(う)356号 判決 1973年10月30日

主文

原判決中被告人らに関する部分を破棄する。

被告人寺岡照義を徴役三月に、同中山森男、同梶原政利を各懲役二月に処する。

被告人寺岡照義、同中山森男および同梶原政利に対し、この裁判確定の日から二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

本件各控訴の趣意は、記録に綴つてある弁護人土田嘉平作成名義の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、高松高等検察庁検察官検事中村利彦作成名義の答弁書に記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

控訴趣意第二点(理由不備)について

所論は、原判示第一の公務執行妨害の事実についての理由不備の主張であつて、要するに、刑法九五条一項の公務執行妨害罪の判示には、公務員の適法な公務の執行の内容がわかる程度に記載することが必要であるのに、原判決は、判示第一ないし第五の事実全体に係ると認められる判示のような前文を摘示し、その末尾において、「右調査を実施するに当り」と判示し、判示第一の公務執行妨害の事実摘示で、「もつて、同係長等四名(前記高野を除く)に前記実態調査活動を断念させて、同人等の公務の執行を妨害し」と認定判示しているに過ぎないのであるから、右判示事実からは公務である実態調査の内容が全く判明しないし、また、「右調査を実施するに当り」との判示は、全くあいまいで、それが実態調査の実施前の準備段階をさすのか、それともその実施中をさすのかどうかすら窺い知ることができないのであつて、原判決の事実摘示は「判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがある」場合にあたるから、とうてい破棄を免れない、というのである。

よつて、按ずるに、およそ、公務執行妨害罪(刑法九五条一項)の罪となるべき事実のうち「公務員ノ職務ヲ執行スルニ当リ」との点に関する判示には、その公務の執行を妨害されたとする公務員の職務権限ならびにその職務の執行につき後記説示のいかなる段階にあつたかをその内容が特定できる程度に具体的に判示することが必要であると解すのが相当である。

そこで、記録を調査して検討するに、原判決は、『被告人らは、いずれも高岡郡窪川町興津地区に居住し、被告人中山を除き、生活保護法による保護費受給者であるが、同法に基づき生活保護の実施に関する職務を担当している高知県事務吏員の高岡郡福祉事務所保護第一係長高村芳彦、同保護第二係長宮本清、同保護第一係主幹松田芳男、同第二係主事高野圭一郎および同保護第二係主事西尾恒造が、昭和四三年一月一二日午前九時五〇分ごろ、右小室地区における被保護世帯の実態調査の目的をもつて同地区に赴き、右調査を実施するに当り、第一、被告人寺岡、同中山および同梶原は共謀のうえ、右小室地区窪川町立興津小室共同作業所前広場(原判決に「共同作業所」とあるのは「共同作業所前広場」の誤記と認める。)において、被告人寺岡が右高村係長に対し「おんしら何しに来た。夕べ言うたとおり投書の主を言わにや調査させんぞ。それとも投書の主を言うか。帰れ、帰れ。」等の趣旨のことを怒号しながら、同係長の胸倉をつかんでゆすぶり突くなどして暴行し、被告人中山が上着を脱ぎ捨て、同係長に対し、「わしの保護を打ち切つたのは誰なら。許さんぞ。」と怒号しながら、丸太棒を振り上げ危害を加えかねない気勢を示して脅迫し、被告人梶原が同係長らに対し、「おんしら一列に並べ。俺が車で轢き殺しちゃろ。」との趣旨のことを申し向けて脅迫し、もつて同係長ら四名(前記高野を除く)に前記実態調査活動を断念させて、同人らの公務の執行を妨害し』た旨の事実を判示認定している。よつて、判断するに、原判決は、同判示の高村係長らの職務権限についてはこれを判示しているけれども、同係長らの職務執行行為の内容については具体的にこれを判示することなく、単に、「小室地区における被保護世帯の実態調査の目的をもつて同地区に赴き、右調査を実施するに当り」と判示するのみである。よつて、原判決の判示するいわゆる実態調査について考えてみるに、生活保護法二八条一項が、「保護の実施機関は、保護の決定又は実施のため必要があるときは、要保護者の資産状況、健康状態その他の事項を調査するために、要保護者について、当該吏員に、その居住の場所に立ち入り、これらの事項を調査させ、又は当該要保護者に対して、保護の実施機関の指定する医師若しくは歯科医師の検診を受けるべき旨を命ずることができる。」旨規定し、生活保護の実施に関する職務を担当する吏員に、個々の要保護者の居住する場所への立入調査の権限を認めていることに徴すると、原判示の前記実態調査が同法条の右立入調査をさすことは明らかである。しかしながら、原判示からは、高村係長らの職務執行行為として、同人らが、共同作業所前広場において、いかなる要保護者に対し、どのような立入調査を現に実施中と認定したのか、それともいままさに実態調査に着手しようとしている場合であると認定したのか、もしくは実態調査に接着する準備中の行為を認定したのか、あるいは実態調査の終了した直後の段階の行為を認定したのか明らかでなく、そのいずれを認定したのか理解することができないから、公務員の職務を執行するに当りとの点についての事実摘示に関しての前記説示の要件をみたしていないというほかはない。そうすると、原判決は、被告人らに対する公務執行妨害の罪となるべき事実の判示としては不十分であり、原判決には理由不備の違法があるといわざるをえない。したがつて、右論旨は理由があり、被告人らに対する原判決はこの点において全部破棄を免れない。

控訴趣意第一点(事実誤認)について

一原判示第一の事実について

所論は、要するに、(一)原判示の高岡郡福祉事務所保護第一係長高村芳彦らは、同判示の共同作業所前広場において、生活保護法二八条一項の実態調査をしていたものではなく、小室地区の役員である被告人寺岡らに対し、投書を主たる資料とする保護打切りについて協力要請をしていたに過ぎず、したがつて適法な権限に基づく公務の執行でないのに、これを公務の執行であると認定した原判決には事実誤認の過誤があり、(二)被告人寺岡は、高村係長に対し、両手で同人の体を持つて向きをかえるよう動かし、後姿になつた同人を二、三回押すように突いて帰るよう促したに過ぎないのに、原判決が原審証人高村芳彦らの誇張にみちた供述をたやすく信用して同判示の事実を認定したのは事実を誤認したものであり、(三)被告人中山は、高村係長に対し、丸太棒を振りあげ、危害を加えかねない気勢を示して脅迫した事実は全くないのに、原判決が同判示の事実を認定したのは事実を誤認したものであり、(四)被告人梶原は、高村係長らから約三〇メートル離れた地点で自動車の洗車をしていて同判示のような脅迫を加えた事実がないのに、原判決が同判示の事実を認定したのは事実を誤認したものであり、右の各事実誤認が判決に影響をおよぼすことは明らかである、というのである。

よつて、記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して、以下順次検討することとする。

まず、所論の(一)について按ずるに、およそ、刑法九五条一項は、公務員の執行する公務を保護し、公務の執行が妨害されないことを担保する規定であるから、同条項にいわゆる「職務ヲ執行スルニ当リ」とは、公務員が現にその職務の執行中である場合だけではなく、たとえ職務の執行中でなくとも、今まさにその職務の執行に着手しようとしている場合、職務の執行に接着している限り職務執行の準備中の段階にある場合、ならびに、職務執行の終了した直後の段階にある場合をも包含するものと解するのが相当である。そこで、本件についてこれをみるに、原判決挙示の関係各証拠と当審証人高村芳彦の当審公判廷における供述とを総合すると、(1)原判示の高岡郡窪川町興津小室地区は、本件発生当時約一五〇世帯であつたがそのうち一三三世帯が生活保護法による保護を受ける被保護世帯で保護率が極めて高かつたところ、右地区の所管事務所である高岡郡福祉事務所の係官が昭和四二年一一月および一二月の定例訪問によつて実態調査をした結果、一部の同部落民からの投書ならびにその他の資料によると前記被保護世帯中にはかなりの不正受給者が存在する疑が生じていたこと、(2)同事務所の所長秦芳輔、保護第一係長高村芳彦、保護第二係長宮本清ほか五名の職員は、生活保護法二八条一項にもとづく昭和四三年一月の定例実態調査実施計画に従い、同郡窪川町興津の浦分、郷分、小室の三地区の実態調査を同月一一日、一二日の両日に実施する予定で同地区に出張し、一一日に予定どおり浦分、郷分両地区の調査を終了し、一二日には小室地区の調査を実施することとなつたこと、(3)前記秦所長および高村、宮本両係長の三名は、従前から同地区には民生委員も選任されていなかつた事情もあつて生活保護の適正な受給を推進するため同地区の部落総代やその他の役員に協力を得ていたので、一一日の午後小室地区に赴き、当初は前記共同作業所前広場で引き続き小島旅館において、部落総代山中益市および被告人寺岡ら地区役員に対し一二日に実施する実態調査につき協力方を要請して話し合つたが、結局、協力する旨の承諾は得られず、投書者の氏名を明らかにしない限り実態調査には一切応じないということで話し合いは決裂するに至つたこと、(4)右のような状況であつたため、一二日の小室地区の実態調査の実施にあたつては紛争や混乱の発生することが予想されたので、秦所長らは所属上級庁である高知県厚生労働部厚生課に右状況を報告して小室地区の実態調査の遂行に関して指示を受けるとともに福祉事務所側としての態度等を協議した結果、定例の訪問調査であるし、調査にくるのを待つている被保護世帯もあることであるから、予定どおり調査を実施することとして小室地区内に入り、実力で調査を阻止されあるいは暴行を受けて身辺に危険が生ずるなど調査ができない事態に立ちいたつたときはやむをえず調査を中止して引き揚げるという方針を決定し、調査の対象となつている被保護世帯ごとに調査担当員の組別を編成するなど調査の実施準備を整えたこと、(5)かくして、翌日である昭和四三年一月一二日午前九時五〇分ごろ、前記秦所長を除く高村係長ら七名の高岡郡福祉事務所保護係職員は、前記方針に従つて小室地区における要保護者の実態調査を実施するため小室地区に入つたが、宮崎、土居垣両主事は部落入口附近でその担当の要保護者磯川博雄に出合つたためその調査にかかり、高村係長ら五名は、実態調査にかかる前に、従来の慣例でもあつたし、前記(3)に説示したような経緯もあつたので、部落総代の山中益市に同部落の被保護世帯につき実態調査を実施する旨の挨拶をするため同人方の手前約一〇メートルの地点に差しかかつた際、原審相被告人浜崎喜三郎から、「部落総代のところへ行くにおよばん。共同作業所前で待つているから集れ」といわれ、そこから約九〇メートル離れた原判示の作業所前に誘導されたこと、(6)右高村係長らは、同所で、附近に待ちかまえていた一〇数名の者のうち同地区の役員をしている被告人寺岡から、「調査はさせん。あればあ言うてあつたじやないか。約束が違う。何しに来たか。帰れ、帰れ。」などと言われたうえ、告人らから原判示の暴行脅迫を受けたためやむなく実態調査の実施を断念するに至つたこと、ならびに(7)実態調査の対象となる同地区の被保護世帯は前記山中益市方手前附近から共同作業所前に向う道路沿いに点在していることがそれぞれ認められる。これらの事実によると、なるほど、前記公務員である高村係長らは未だ現実に被保護世帯の実態調査自体に着手していなかつたので、現に公務の執行中でなかつたことは所論のとおりであるが、同人らは実態調査を実施する目的で同部落内に入り、同部落総代である前記山中益市に前記のような趣旨で挨拶をするため同人方に向かい、しかも同人方の手前約一〇メートルの地点にまで達していたのであるから、右部落総代への挨拶は、同人方へ赴くことを含めてまさに実態調査を実施するための準備行為であつたとみるべきであり、かつ、右準備行為は、実態調査に極めて接着して行なわれたのであるから、高村係長らの右行為は、まさに公務執行妨害罪のいわゆる公務員の職務を執行するに当り行なわれたものというべく、したがつて、これを知りながら意思相通じて、公務員である高村係長らに原判示の暴行脅迫を加えた被告人らの所為は、公務員が職務を執行するに当り、これに対して暴行脅迫を加え、その職務の執行を妨害したものに該当するといわなければならない。所論は、原審証人高村芳彦、同西尾恒造の各供述の一部を援用して、原判示の高村係長らが共同作業所前に来たのは、その前日行なわれた一部の部落民からの投書を主たる資料とする保護打切りについての協力要請のための話合であつて、適法な権限に基づく執行ではない旨主張するので按ずるに、前掲各証拠によると、高村係長らの部落総代山中益市およびその他の部落役員に対する協力要請が、実態調査が円滑に行なわれることについての協力要請だけではなく、小室地区内の被保護世帯のうち生活保護費を不正に受給していることが資料によつて確実に認められる者については受給者から自発的に受給を辞退するよう申し出ることにつき協力を求める趣旨も含まれていたことが窺われるのであるが、高村係長らがこのような協力方を要請したからといつて、部落総代らがこれに強制されるいわれのなかつたことは明らかであるし、前記(3)に説示したように小室地区には民生委員がいなかつたのであるから、部落総代らの従前からの協力状態にかんがみれば、高村係長らが、生活保護の適正を期するため、前記のような協力要請をすることは寧ろ当然のことであつて、毫も違法ではないのみならず、原判決挙示の各証拠によれば、高村係長らは、原判示の日、小室地区における被保護世帯の実態調査を実施するため同地に赴いたものであることは前記(4)で説示したとおり明白であるから、右論旨は理由がない。

次に所論の(二)について検討するに、被告人寺岡は、原審(第一六回公判調書中の同被告人の供述記載)および当審公判廷において、所論にそうような供述をしていることが認められる。そして、原審第五回公判調書中の証人高村芳彦の供述記載によると、同証人も、弁護人の反対尋問に対し所論のような供述をしていることは論旨指摘のとおりであるが、同証人の供述によると、被告人寺岡が高村芳彦に対して所論のような方向転換をさせたのは、被告人寺岡が右高村に対して原判示の暴行を加えたより以後であることが認められるのであり、被告人寺岡が原判示の右暴行を加えたことは原判決挙示の原審証人宮本清、同松田芳男、同西尾恒造の各供述によつて十分裏付けられるのであつて、右各証人の供述が著しく誇張されたものであることを窺わせる資料は何もないのであり、同証人らの供述は十分信用できるのである。所論は、被告人寺岡の前記供述と右高村証人の前記供述部分のみをとりあげ、これが同被告人の行動すべてであるかのような主張をするけれども、同被告人の前記供述部分は前記各証人の供述に照らしてとうてい信用できない。

そこで、所論の(三)について考えてみるに、原判決挙示の被告人中山の司法警察員に対する昭和四三年一月二二日付、同月二三日付、同月二六日付、同月三〇日付および検察官に対する同月二九日付各供述調書、原審第一七回公判調書中の同被告人の供述記載、同被告人の当審公判廷における供述によると、被告人中山は、原判示のとおり、高村芳彦に対し、「わしの保護を打ち切つたのは誰なら、許さんぞ。」「所長を呼べ。」などと怒号しながら、丸太棒(長さ約六〇センチメートル、直径約四ないし五センチメートル)を振り上げた事実を自白しているのであり、同被告人の右自白は、原判決挙示の原審証人高村芳彦、同宮本清、同松田芳男、同西尾恒造の各供述によつて十分裏付けられるのであつて、所論指摘の原審証人岩本竹一の供述(第一三回公判調書中の同証人の供述記載)は前記各証拠に照らしてとうてい信用できない。そして、被告人中山の原判示の脅迫は、被告人寺岡および同梶原と意思相通じて行なわれたもので、公務の執行を妨害するに足る脅迫にあたることは明らかである。

そこで次に、所論の(四)について考てみるに、<証拠>を総合すると、被告人梶原は、原判示の共同作業所前附近広場で自動車の掃除をしながら、被告人寺岡、同中山と意思相通じ、約八メートル離れた地点にいた原判所の高村芳彦ほか三名に対し、「おんしら一列に並べ。俺が車で轢き殺しちやろ。」と怒号している事実が優に認められる。所論は、原審証人高村芳彦、同宮本清の両名は、被告人梶原の発した右言辞の内容を聞きとつていないのに、同人らと同じ場所にいた原審証人松田芳男、同西尾恒造の両名のみが前記の言辞を聞きとつたというのであるから、同証人両名の供述は疑わしい旨主張するが、原審第七回公判調書中の証人松田芳男(記録六九六丁)、同西尾恒造(記録七八一丁)の各供述記載を仔細に検討すると、同人らは、被告人梶原から前記の言辞をあびせられ、こわかつた旨前後一貫した供述をしているのであつて、同人らの供述に疑をさしはさむ余地はないから、前記証人高村芳彦、同宮本清が被告人梶原の右文言を聞いていないからといつて、証人松田芳男、同西尾恒造の各供述が信用できないというのはあたらない。被告人梶原は、原審(第一七回公判調書中同被告人の供述記載、記録一、五六五丁)および当審公判廷において、原判示のような脅迫文言を申し向けたことはない旨供述するが、右供述は、前記松田芳男、西尾恒造各証人の供述に照らしてとうてい信用できない。

以上説示のとおりであつて、原判示第一の事実に関する各証拠を総合すると、原判示第一の事実は優に肯認できるのであり、右事実には所論のような事実誤認は認められない。

二原判示第三の事実について

所論は、要するに、原判決が認定するように、被告人寺岡が同判示の高村係長に対して暴行を加えた事実は全くないのにかかわらず、原判決が同判示の事実を認定したのは事実を誤認したものであり、この事実誤認が判決に影響をおよぼすことは明らかである、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果を参酌して検討するに、原判決挙示の原審証人高村芳彦、同宮本清の各供述のほか当審証人高村芳彦の当公判廷における供述を総合すると、被告人寺岡は、原判示の高野圭一郎が同判示の船村民雄方で同人と話し合つているのを目撃するや、右高野が実態調査をしているものと考え、実態調査を断念して引きあげていた高村芳彦を右船村方前に連行したうえ、右高村が高野が調査をしたのは悪かつたと謝罪をしたのにかかわらず、右高村に対し、「約束が違うじやないか。高野が調査しよつたじやないか。」と怒鳴りながら、その胸倉をつかんでゆすぶり、後頭部を附近の壁に打ち当て、左頬を殴打し、足で蹴つた事実が認められる。被告人寺岡は、原審(第一六回公判調書中の同被告人の供述、記録一、四七一丁)および当審公判廷において、右高村が悪かつたと言つたので、悪かつたのなら帰れといつて溝の方にいた同人の胸倉をとつて道路の方へ引張り出したに過ぎず、暴行を加えていない旨供述するが、同人に暴行を加えていないとの右供述は前記各証人の供述に対比して信用できない。したがつて、この点についての右論旨は理由がない。

控訴趣意第三点(法令の解釈適用の誤り)について

所論は、原判示第一の事実に関する法令の解釈適用の誤りの主張であつて、要するに、原判示の実態調査は違法なものであるのに、右実態調査が刑法九五条一項の公務の執行にあたるとして同法条を適用した原判決には同法条の解釈適用を誤つた違法があり、この法令の解釈適用の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

しかしながら、原判示の高村芳彦らの実態調査ならびにこれに接着する準備行為が適法であつてこれが刑法九五条一項にいう職務の執行にあたることは前記説示のとおりであり、記録を精査しても、原判示の実態調査が所論がいうように投書を主たる資料とする保護打切りのための違法な調査であるとはとうてい認められないし、右主張を認めるに足る資料はなにもない。したがつて、右論旨は理由がない。

以上説示のとおりであつて、原判決には判示第一の事実について理由不備の違法があり、しかも原判決は、被告人寺岡について右の事実と原判示第三の事実とを併合罪として処断しているから、原判決中被告人らに関する部分はその全部につき破棄を免れない。

よつて、刑訴法三九七条一項、三七八条四号により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により、当裁判所において直ちに判決する。

(罪となるべき事実)

第一  被告人らは、いずれも高知県高岡郡窪川町興津小室地区に居住し、被告人中山を除き、生活保護法による保護費受給者であるが、同法に基づき生活保護の実施に関する職務を担当している高知県事務吏員の高岡郡福祉事務所保護第一係長高村芳彦、同保護第二係長宮本清、同保護第一係主幹松田芳男、同保護第二係主事西尾恒造が、昭和四三年一月一二日午前九時五〇分ごろ、右小室地区における被保護世帯に対する同法二八条一項に基づく実態調査を実施する目的で同地区に赴き、被保護世帯に立ち入るに先立ち、従来の慣例に従つて部落総代山中益市に実態調査を開始する旨の挨拶をすべく同人方に向かつていた際、被告人ら三名は共謀のうえ、右高村係長らがまさに実態調査を実施しようとして前記の目的で山中益市方に赴いているものであることを知りながら、小室地区窪川町立興津小室共同作業所前広場において、被告人寺岡が、前記高村係長に対し、「おんしら何しに来た。ゆうべ言うたとおり投書の主を言わにや調査させんぞ。それとも投書の主を言うか、帰れ、帰れ。」などと怒号しながら、同係長の胸倉をつかんでゆすぶり突くなどの暴行を加え、被告人中山が上着を脱ぎ捨て、同係長に対し、「わしの保護を打ち切つたのは誰なら。許さんぞ。」と怒号しながら、丸太棒(長さ約六〇センチメートル、直径約四ないし五センチメートル)を振り上げ危害を加えかねない気勢を示して脅迫し、被告人梶原が同係長らに対し、「おんしら一列に並べ。俺が車で轢き殺しちやろ。」などと申し向けて脅迫し、もつて同係長ら四名の前記の職務の執行を妨害したものである。

(なお、原判示第三の事実については、原判示冒頭のうち「右調査を実施するに当り」の部分を除く。)

(証拠の標目)<略>

(法令の適用)

被告人らの判示第一の所為はいずれも刑法九五条一項、六〇条に、原判決の認定した被告人寺岡の原判示第三の所為は刑法二〇八条(さらに、刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号)にそれぞれ該当するので、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、被告人寺岡の以上の各罪は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で、被告人寺岡を懲役三月に処し、被告人中山、同梶原については所定刑期の範囲内で、同被告人両名をそれぞれ懲役二月に処すべく、被告人三名に対し、情状により刑法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から二年間右各刑の執行を猶予し、原審および当審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項但書により被告人らに負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(木原繁季 秋山正雄 山口茂一)

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